祭りの概要

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堂島薬師堂節分お水汲み祭りは、地元で古くから続いている「節分祭り」と平成16年に復活した「お水汲み」をひとつにした祭りで、“春と福”を呼ぶ祭事として大阪キタの風物詩になっています。

「鬼追い」は、鬼を排除する中国の儀礼「追儺(ついな)」に由来します。
旧暦の大晦日にあたる2月3日に、その年の邪気を取り除くため、薬師寺僧侶、福男、鬼などが法螺貝(ほらがい)と銅鑼(どら)の響きに合わせて町内を練り歩き、豆を撒き、厄を払います。

「お水汲み」では、参拝者一人ひとりの竹筒護符(たけづつごふ)に、奈良の薬師寺の僧侶が祈祷したお香水(こうずい)を汲み清めます。祭りのクライマックスでは、堂島薬師堂に祀られている龍(弁財天の化身)が、舞いながら大阪キタ界隈を練り歩きます。

堂島薬師堂の由来

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西暦593年、推古朝のころの史料に「東は玉造に四天王寺をつくり、西の方洲の中に御堂を建立」の記録があるという。
また、延宝3年(1675年)に書かれた古文書「芦分船(あしわけぶね)」にも「聖徳太子が四天王寺創建時に、建築用材の運搬船が暴風雨で難破、洲の中に流れつきお堂を建てた」との記述があり、これが薬師堂の起源と言われている。
海上を航行する船から、このお堂がよく見えたところから、薬師堂のある島が「堂島」の地名になったとも言われている。

お堂内には、薬師如来像、地蔵菩薩像、弘法大師像など仏像4体と、ねはん図など軸2本がおまつりしてある。薬師如来像は室町時代の作と鑑定されているが、その由来は定かではない。
また弘法大師像は薬師如来像よりも歴史が古いと伝えられており、明治26年(1893年)からの大阪太師詣りの行事では薬師堂を第一番の霊場として、1日数十万人の参詣者で賑わうほどであった。

堂島薬師堂は堂島の世相、経済と連動しながら栄枯盛衰を繰り返し、現在は月2回の法要と、節分の日に、厄払いと鬼追いの行事を行っている。