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文化銘板
文化銘板について
わが北新地の足跡
お初と徳兵衛の街 北新地
堂島・卍ヶ辻のお薬師さん
初代中村雁治郎と堂島座
お茶屋が軒を連ねていた北新地
遊女小春と治兵衛と妻おさん
全国の米が集まった堂島
蜆川は近松の描く浄瑠璃に生きている
二世紀を経て復活した「曽根崎心中」
近松門左衛門の作品の舞台となった北新地
傑作「心中天網島」の舞台となった北新地
「五大力恋絨」の舞台となった北新地
北新地を舞台にした「曽根崎心中」
浪花踊りの伝統をもつ曽根崎演舞場
マンガ「心中天網島」で描かれた北新地
クラシックの歌曲に唱われた北新地
念願かなったJR東西線・北新地駅
全国の米が集まった堂島
全国の米が集まった堂島イメージ
※ こちらの銘板はパネル貸し出しが可能です。
 
河村瑞軒は、しばしば水害を引き起こす旧淀川の改修を行い、その一環として堂島川、蜆川(曽根崎川)も改修し、元禄元年(1688)に堂島新地を整備した。
その9年後の元禄10年に米市が淀屋橋南詰めから堂島に移されると、諸藩の蔵屋敷も数多く堂島に進出してきた。いわば全国の年貢米がここ堂島新地に進出してきたわけで、米切符、米手形などが扱われ、仲買人、両替商なども進出してきた。世界で始めて「先物取引」が行われたのもこの地であり、天下の台所と言われる賑わいぶりであった。
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