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文化銘板
文化銘板について
わが北新地の足跡
お初と徳兵衛の街 北新地
堂島・卍ヶ辻のお薬師さん
初代中村雁治郎と堂島座
お茶屋が軒を連ねていた北新地
遊女小春と治兵衛と妻おさん
全国の米が集まった堂島
蜆川は近松の描く浄瑠璃に生きている
二世紀を経て復活した「曽根崎心中」
近松門左衛門の作品の舞台となった北新地
傑作「心中天網島」の舞台となった北新地
「五大力恋絨」の舞台となった北新地
北新地を舞台にした「曽根崎心中」
浪花踊りの伝統をもつ曽根崎演舞場
マンガ「心中天網島」で描かれた北新地
クラシックの歌曲に唱われた北新地
念願かなったJR東西線・北新地駅
お茶屋が軒を連ねていた北新地
お茶屋が軒を連ねていた北新地イメージ
※ こちらの銘板はパネル貸し出しが可能です。
 
明治42年(1909)の大火以降、北新地として再出発したこの地は、表町(今の新地本通)にはお茶屋が軒を並べるようになった。大正から昭和にかけて、日本の伝統的な文化を身につけた芸妓たちが再評価されるようになり、今日でいうパーティのコンパニオンの役割にまで彼女たちが進出するようになった。昭和初期には北新地には芸妓が約700人、置屋が11軒もあった。木造2階建ての町並みも美しいお茶屋街は、古き良き時代を象徴する風情であったが、戦災ですべて失われてしまった。
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