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文化銘板
文化銘板について
わが北新地の足跡
お初と徳兵衛の街 北新地
堂島・卍ヶ辻のお薬師さん
初代中村雁治郎と堂島座
お茶屋が軒を連ねていた北新地
遊女小春と治兵衛と妻おさん
全国の米が集まった堂島
蜆川は近松の描く浄瑠璃に生きている
二世紀を経て復活した「曽根崎心中」
近松門左衛門の作品の舞台となった北新地
傑作「心中天網島」の舞台となった北新地
「五大力恋絨」の舞台となった北新地
北新地を舞台にした「曽根崎心中」
浪花踊りの伝統をもつ曽根崎演舞場
マンガ「心中天網島」で描かれた北新地
クラシックの歌曲に唱われた北新地
念願かなったJR東西線・北新地駅
わが北新地の足跡
わが北新地の足跡イメージ
※ こちらの銘板はパネル貸し出しが可能です。
 
北新地は、蜆川の南側に堂島新地(1688年〜)、北側に曽根崎新地(1708年〜)と、二つの新地から出発した。遊女を置く茶屋を中心に、煮売屋、湯屋、風呂屋(蒸ぶろ)、芝居小屋、射的場、宿屋などでにぎわう盛場であった。明治42年(1909)に北の大火で焼け野原になったが、灰燼で蜆川を埋めることで北新地に一本化、芸妓を抱えるお茶屋が中心の街になった。戦後はクラブ、バー、料亭など高級な社交場が集積された。北新地誕生以来の「おもてなしの心」は街のいしずえになっている。
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