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| ※ こちらの銘板はパネル貸し出しが可能です。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 近松門左衛門(1653-1724)は、竹本義大夫と組んで多くの人形浄瑠璃を世に送ったが、作品の舞台にここ来た新地(堂島新地)をしばしば使っている。なかでも「曽根崎心中」と「心中天網島」は有名である。「遊女に誠なし」という常識をくつがえし、恋する男とともに死んで行く遊女の物語は、人々の涙を誘っただけにとどまらず、実際に心中する人たちまで増やしたということ。幕府は享保8年(1723)に心中物を上演することを禁じるとともに、心中した者の葬儀禁止を打ち出したが、効果は少なかったという。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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